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「魔性の子」表紙のネクタイカラーは何故変わったのか?④

(ネタバレ注意)

今回は、旧版表紙で赤ネクタイを付けた広瀬の役割について書く。イラストレータ山田章博氏は、十二国記シリーズの挿絵や関連商品のイラストを30年近く務めている。次の文は、2014年(平成26年 新版出版より後)に出版された、彼の十二国記関連の絵を収めた画集「久遠の庭」冒頭の文章からの引用だ。

 

久遠の庭 「十二国記」 画集 (第一集)

 

一九九一年、晩夏。

係属する作品を持たない単独のホラーとして新潮文庫より『魔性の子』が出版され、そのカバー絵を描かせていただいた。この時はまだ、これが背景に十二の王国にまつわる巨大な物語群を背負った動因である事を、読者も挿画家も知らない。

 


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この文の左ページには旧版の「魔性の子」の表紙絵が載せられている。ちなみに、手元にある講談社文庫ホワイトハート版には表紙以外に挿絵はなく、当時唯一の挿絵がこの表紙だった。


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山田章博氏にとっても読者にとっても、高里の正体は見知らぬ世界の見知らぬ生き物である。赤ネクタイの広瀬が、異質な生き物である高里を驚きの表情で見つめている。この時、広瀬は読者と同じ立場にあった。つまり、異世界という憧れて止まない世界から来た高里に対峙する、平凡で普通の世界の人間だ。

 

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主人公である広瀬の役割は、読者の代弁者だ。自分のいるべき場所はここではない、もっと幸せになれる場所が何処かにあるはずだ、そんな所に行きたいな、という夢見がちな、悪く言えば現実逃避したい弱い心の代弁者だ。

広瀬は最後まで十二国記の世界には行けなかった。しかも、共に夢見る仲間と思っていた高里は、広瀬を残して本来いるべき世界に帰ってしまう。このストーリーは、2010年代から量産されつつある、いわゆる異世界転生ものへの強力なアンチテーゼとも言える。もちろん、当時はそんなジャンルはなかったが、ハイファンタジーというもっと伝統的な作品分野は出版当時の91年より前から存在した。作者は広瀬の高里に対する卑しい嫉妬心を通して、華やかなファンタジーや美しい異世界に憧れる人達に、残酷で汚く辛い現実を突きつける。君たちが夢想するような、ファンタジー異世界などありはしないよと。実在したとしても君たちには行けないし、無関係な世界なんだよ、と。

 

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山田章博氏の話に戻そう。彼は「久遠の庭」でこうも書いている。

 

 

確かに「十二国記」は安逸遊冶な夢物語ではない。だからこそ少女向けレーベルに入れる意味があると説得されて、僕の役目はおのずと決まった。この小説を出来るだけポップに見せかけることだ。

 

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夢見がちな少女という読者層に、辛い現実を突きつける。表紙はそのための罠だ、とも読み取れている。ものすごい発想だ。当時、山田章博氏を説得したという人物は恐らく担当編集者だろうか。作品の本質を鋭く見定めた戦略家だったのだろう。事実、この魔性の子の裏設定とも言える十二国記の世界は、その後長期シリーズとなり、当時起用された挿画家はその後30年近く担当され続ける事になる。

 

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さて、新版の表紙にも登場する広瀬はネクタイが赤からストライプに変わっている。そして、高里は本来制服として着けるべきスカイグレイから赤に変わっている。新版の出版は2012年(平成24年)だ。もちろん、この時点で既に高里の正体どころか、彼が本来住むべき世界は戴国であり、麒麟として戴王を選び台甫として国を最近支える役目、そのストーリーを読者も山田章博氏も知っている。表紙を新たに描きおろす際の、彼の意図はなんだったのだろうか。

 

続く