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「魔性の子」表紙のネクタイカラーは何故変わったのか?⑦

(ネタバレ注意)

前回は挿絵と表紙を見比べて、ネクタイの行方と意味を追った。今回は、最新作白銀の墟 玄の月から、魔性の子と繋がるシーンが僅かながらあり、そこを抜粋する。本書を手に取りつつお付き合い願いたい。

 

白銀の墟 玄の月 第三巻 十二国記 (新潮文庫)

まず三巻p.193 泰麒の慈悲の獣としての本性を意思が押さえ付けるシーンだ。

 

それでもその岸を故郷と呼べるのは、たった一人、居てもいいと言ってくれた人がいたからだ。これからの彼が耐えねばならない苦難と悲嘆、生きるために凌がねばならない戦い、それを分かっていてなお、置き去りにしたのは、いま泰麒が踏んだ大地のどこにも彼の帰るべき場所はないと分かっていたから。

 

泰麒は明らかに広瀬を述懐している。そして、彼から渡された意思の力を頼みに、自信を奮い立たせている。もう1つ、王を守る獣としての本性を意志の力で押さえ付けるシーンがp. 225にもある。

 

目に浮かんだのは無機的な灰色の地面だった。殺伐とした色に敷き詰められたコンクリート、屋上からそこに至るまでの距離、それに比べれば、たかだかこれだけの距離でしかない。

 

 

魔性の子を未読の方々はぜひ読んで見て欲しい。泰麒の強い意思の背景にあるのは、蓬莱での先生との出会いと、同級生達の大量の死がある。これらのシーンは、泰麒が蓬莱から持ち帰り、彼を大きく変えた重要な要素を象徴している。それも単なる成長譚ではなく、決死の覚悟をもたらせ、国の歴史を変えた要素だ。これらのシーンは心揺さぶる名文なので、本当はもっと引用したいのだが、本文を読んで欲しいのでこれ以上書かないことにする。

 

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私は、このシーンを読んで新版魔性の子の表紙で泰麒(高里)のつけていたネクタイは、旧版表紙で広瀬がつけていたものだと確信してしまった。この表紙はきっと、海辺の街から延王と共に還るシーンのものだ。身につけていたネクタイは、高里が自身の意思で選び、蓬莱から持ち出したのだ。蝕の混乱からか確実に世界を渡って持ち帰れたか、挿絵などからは定かでない。が、土産として持ちだそうとした意思があったに違いない。制服のスカイグレイではなく、広瀬のネクタイをつけることは、彼の強い意志と同級生達の死という強烈な体験を忘れないという意思の表れだろう。広瀬のネクタイでもあり、同級生達が手首に巻き付けられていたネクタイでもあり、赤色は彼らの血の色でもあるのだ。そうに違いない。

 

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泰麒が法や規範を犯して人のネクタイを盗むようなことをするか、という気もする。ただ、最新刊では麒麟自らそれらを破る。ならば、ネクタイくらい持ち出せてもおかしくない。陰惨な過去のあった世界を、故郷と呼べるまで広瀬を慕っていた証だと思いたい。

 

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もちろん、これらの考察はてんで的はずれなことを書いてるかも知れない。新版魔性の子平成24年(2012年)出版であり、白銀の墟 玄の月三巻の出版された礼和元年(2019年)とは7年もの隔たりがある。ネクタイの色の違い作者の小野不由美氏はそこまで考えた上でイラストレータ山田章博氏に依頼していたのかは分からない。ひょっとしたら、逆に山田氏の新版魔性の子の表紙を見て付け加えたシーンかも知れない。だが、角を失い奇蹟の力をほとんど失った泰麒が、苛烈な運命に対して諦めることなく強い意志を持って戦えたのは、蓬莱での出来事があったからなのだ。しかも、四巻においては、彼はもっと壮絶な戦いを自らの手で進める。彼は確かに、魔性の子初版の平成3年(1991年)から28年間、一貫した人格をもち続けている。古くからの読者たちへのファンサービスのために後付けしたような、軽々しいシーンなどでは無い。伏線というより、むしろ最も筋の通った1番太い本筋だと 感じる。新しい表紙が描かれると決まった時から、あるいはもっと前から書こうとしていたのかもしれない。

 

続く。